出雲路を歩く 猪目洞窟 「黄泉の穴」


平田最後の朝、そして「黄泉の穴」へ



平田で連泊していたのだが、女将さんの計らいで、朝食は近くの醤油屋さん(宿屋の親戚)で食事させてもらっていた。

ここが、「持田醤油店」という醤油醸造している醤油屋さん。
朝食には特製焼きおにぎり!
醤油屋さんの焼きおにぎりだけあって、味は最高~☆

隣りには、ちょこんとおばあちゃんが座って、昔話や世間話等をしてくれた。

「若い頃は平田から出雲まで、自転車に醤油を積んで道売りしていたのよ~。女の子だったので、いつも沢山売れたの。」
等といった、ほのぼのとした昔話をして下さった。

そして、最終日。
いつものように醤油屋さんで、食事したらおばあちゃんに尋ねられた。

「今日は、ホーランエンヤに行くのですか?」



・・・ほっ、ほえ?


何それ??という顔でおばあちゃんに尋ねたら、

「えーっ、あなた、ホーランエンヤの為に来たのではないのですか?だったら絶対行った方が良いわよ!何せ12年に一度なのだから・・・」

実は最終日に、紅葉十景で有名な鰐淵寺の住職さんから説法を受けることになっていたけど、その一言で急遽変更し、松江に向かったのだが、まずは猪目洞窟について。

「脳磯(なづきいそ)の西に高さ広さ各六尺の洞窟があり、その中にまた穴が開いているが、人が入ることができず、深さは不明である。この辺りに行った夢を見た人は必ず死ぬ。それで世人は昔からここを黄泉の坂といい、その穴を黄泉の穴と名付けている。」
(「出雲風土記」出雲郡宇賀郷の条より)

脳磯とは、現在の猪目町の海岸辺り、「黄泉の穴」とは猪目洞窟のことだという。
一説によればこの洞窟は鷺浦にある巨大洞窟に通じていて、昔は海水の満ち干や荒れ具合によって洞窟が見え隠れしていたのではないかといわれている。

ここが猪目洞窟。
現在は地元漁船が平然と置かれている。

昭和23年、漁船の船置き場として洞窟の拡張工事が行われたところ、堆積土の中に弥生時代~古墳時代の人骨数十体が発見。その腕には貝和(貝の飾り?)が付けられていて、他にも副葬品、釣り針、木器や灰、獣骨などが埋められているのを発見。
この洞窟が出雲風土記の「黄泉の穴」に当たるとし、のちに国の史跡に認定された。

黄泉比良坂の写真と比較すると、こちらの方が怖そうな雰囲気に見えると思われるが、私は猪目洞窟よりも黄泉比良坂の方が強い霊感を感じた。

ここは古代の埋葬の場であり、奥には畏れ多くて入ることはしなかったが、洞窟の前には漁船が鎮座していて、現在も生き続けている地であるから、不思議と怖いとは思えなかった。

とはいえ、地層の間に緑色の層があったりして、ミステリアスな雰囲気ムンムンであった。

洞窟から外を眺める。
どう見ても、洞窟を塞ぐが如く建設された道路が邪魔である。
「国指定史跡」なのだから、もう少し配慮があっても良いのでは?と思う。

そして、穴から天上を眺める。
何とも霊的かつ幻想的な雰囲気。

山陰~島根半島の海岸沿いは、本当に起伏に富んでいて、飽きることはない。
岩盤剥き出しの海岸線をよじ登ってみたい衝動に駆られたが・・・我慢。

洞窟近くの漁港をパシャリ。

集落はとてもまばらで、とても閉鎖的なイメージ。
道中、鷲浦という集落があって、とても時代を忘れさせるような、古き山陰の街並が残った佇まいをした地区があったが、非観光地な雰囲気で、「近づくな!」的な感じがしたので、残念ながらスルーしました。

次回訪れる機会があったならば、必ず立ち寄りたい場所のひとつである。

この森の先は八雲山。
山を越えると、出雲大社の参道へと繋がっている。
雨が降り始めて、鬱蒼とした聖なる森の中を走った。
ある意味、一番怖かった道だったかも・・・。

次回は12年に1度の海事祭について。

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