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Showing posts from June, 2010

長崎名物・・・坂、さか、サカ

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7. 坂、坂、坂・・・

いよいよW杯決勝トーナメント突入ですね☆
「当事者意識」を持って、トーナメント戦を観れるなんて夢のよう。
ちなみにLast fm(音楽系SNSサイト)で、パラグアイの友人も本田の事を「Great Forward」と絶賛してました☆

本田さん、岡田監督。信じられなくてすいませんでしたw


さてさてオランダ坂に代表されるように、長崎は坂だらけ・・・。
でも、坂道ってその土地でしか味わえないような生活臭がして大好きである。

そんな長崎の坂(といっても大浦地区だけだが)について。

ここがかの噂の(?)
通称「ドンドン坂」(標識がかわいい☆)

修道院の脇路にある坂で、
「都市景観賞」なるものを受賞した由緒ある坂なのである。
(ちなみに映画のロケ地として頻繁に使われているらしい)

ドンドン坂から長崎港を眺める。
何とも美しい眺望です。
ちなみに右脇の側溝を見ると、V字型になっている。
これは「オランダ型」の側溝で、居留地の面影を残している。

かと思えば、青く塗られたトタンの壁に
何とか支えられているような家沿いの坂道。

アフリカの海岸沿いの小路といってもバレないような
アーシーな雰囲気である。

その「青い家」の壁に貼り付けられていた看板。
ここは現存するロシア(旧ソ連)の居留地なのであった・・・。

長崎の坂は妙に情緒を感じさせる。
「日本的」という雰囲気ではないが、異国の匂いがする。


そして民家の前に現存している「居留地境」
最初に「唐人屋敷跡」を紹介したが、ここも特に特別な史跡扱いなどをせずに、さりげなく保存されている。

街の姿や意義は時代によって変貌していくのは当然だと思う。
しかし、昨今のテーマパーク化してしまいつつある「ユネスコ世界文化遺産」のように、闇雲に保存・復元するのでなく、現代の生活の中で「過去にこの地はこういう所だったのだよ」と、さり気なく保存されている方がリアリティーと不思議なシンパシーを感じる事ができる。。。

という考えは少々誇大妄想し過ぎかな?

長崎市の風景(テーマ:デジタル一眼に慣れる)

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6 長崎市の風景スナップ集

今回の旅では、初めてデジタル一眼レフカメラを使用してみました。
よって、デジいちに慣れる為に、やれ「シャッタースピード」やら「絞り」やらを交えて、かなり写真撮影して練習しました☆

長崎名物「眼鏡橋」

川に写る橋と背景の山が写るようなアングルを探しました
紫陽花と眼鏡橋。

被写界深度が浅すぎて、眼鏡橋がぼやけ過ぎた(涙)
かっぱ地蔵

眼鏡橋の川沿いにひっそりとあった。
可愛らしかったので、パシャってみましたw
長崎市電

長崎観光必須の乗り物!
全区間120円均一でっせ☆
レトロちっくな電話ボックス
長崎名物☆グラバー邸

受付でお金を払おうとしたら、
「学生さんの同伴ですか?」と尋ねられて、
「はい~??」と回答してみたら、ただで入園できたw
きっと修学旅行のカメラマンと間違えられたらしい
(入園料は600円)

長崎随一のパワースポット

ここが「チャンポンの街~長崎」と言われる
所以となったかは定かでないが、
左は神社で、真ん中にうっすら見える緑色の尖塔は
キリスト教の教会。そして右は仏教のお寺。

とってもご利益満載なポイントを発見☆
完成しかけの橋



長崎旅についてはまだまだ続きます☆

龍馬の地をゆく (2)-風頭公園-

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5-2 龍馬ブーム便乗の旅

日本、グループリーグ突破!
いやあ、デンマーク戦は久々にしびれました☆
いよいよ、次回は決勝トーナメント。
日本が苦手な南米だけど、パラグアイ側としては絶対勝たねばいけない相手だと思って、ナーバスになてくる筈だから、今迄通りのプレイをすればベスト8も夢じゃない☆

ということで、予想スコアは1-0で日本勝利!


話を戻して、長崎へ。
亀山社中のあと、パンフレットの指示通り風頭公園に向かうことにした。
とても「通り」とは呼べない坂道だらけの龍馬通りを抜けてさらに山登り・・・。


ようやく風頭公園に到着。
紫陽花が色鮮やかに咲いていました☆

そして、いざ龍馬の銅像のある展望台へ。
長崎港の眺めが最高です。夜に来れば夜景が素晴らしいだろうが、きっとカップルだらけなのだろうw
ちなみに私が来たときには、観光客でいっぱいですた。。。

龍馬像。
日本全国に龍馬像があるが、ここの像は龍馬銅像ランク上位に入る(!?)位に、有名らしい。
後ろに見えるのは、海援隊か何かの旗なのかな?

ちなみに、司馬遼太郎先生の碑もあった。

銅像のブーツを撫でると、(どんな効き目かは忘れたが)いい事が起こるらしい。
よって、ブーツは、変色してしまっている。

長崎の街を遠目で見ている龍馬。
目の向こうには、遥か彼方の亜米利加大陸があるのだろうか、それともただボケっとしているだけなのだろうか?真相は定かでないw

他にも龍馬所縁の場所が色々あるらしいが、面倒だったのでここにて終了しました。

龍馬の地をゆく (1) -龍馬通り~亀山社中-

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5-1 龍馬ブームに便乗してみた☆

今、長崎はちょっとした龍馬ブームであるようだ。

長崎駅前にデカデカと貼られた「龍馬」の広告塔。

「こげんは寄らんと!」

と、心の中のゴーストが囁いた。
(実はあんまり坂本龍馬に興味ないのだが・・・^^)

ということで、観光案内所でもらった地図を頼りに、「長崎龍馬巡りの旅」へいざ出発!
(ちなみに京都伏見は「竜馬通り」というらしい。)

ここが龍馬通りの入り口。数多くの寺院が並んだ通り沿いにある。

通りの入り口周辺。
横の石垣が長崎情緒を感じさせる。

と、悠長な旅気分を感じたのはここまで。
山道のような坂道が延々と続く。

「何が通りじゃけん(怒)」

と、怒りに震えながらも、引き返すには山道を登り過ぎたので、仕方なく息を切らせながらトボトボと歩く。
それにしても、長崎市民はこんな坂によく住んでいるな、と感心。


ちなみに通りの道中には、このような数多くの「脱力感溢れる」看板が数多くある。

そして、登ること数十分。
日本初の貿易商社とされている「亀山社中跡」に到着!

ここは3~4年前に「龍馬ブーム」にあやかって、長崎市によってリニューアルされた、というのは地元住民から聞いた話。中に入ると入場料を取られるので、庭をチラ見して退散。

ここより亀山社中や海援隊、長崎の江戸~明治時代の歴史などを知りたければ、近所にある「亀山社中資料展示場」(入場無料)をお薦めします。
地元ボランティアの伯父さまから、懇切丁寧に色々教えてくれますよ☆



ちなみにここは亀山社中跡の隣にある「龍馬のぶーつ」
ここで、修学旅行のグループがたむろっていて、女の子がブーツの中に足を入れて、舵を手に取って長崎の景色を見ていた。

人生の航海もガンバレ!



~つづく~

ルビナス咲く六月

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軍艦島の殺伐とした写真と重たい内容の記事が続いたので、たまには我が家のガーデニングの状況についてを☆

昨年の秋に種蒔きしたルビナス(通称:昇り藤)が、ようやく花を咲き始めました!


そもそも、この花を育ててみようと思ったきっかけは、北海道横断旅行で富良野に訪れた時。
道端に沢山のルビナスの花が咲いていて、「いつか自分で育ててみたいな~」と思い、100均で種を買って、昨年秋に鉢植えしてみました。

冬が過ぎ、5月にはようやく小さい花が咲いたものの、すくすく育たなかったので、半ばやけくそで(!?)有機肥料をまいてみたら、翌月イメージ通りに咲いてくれました(^^)/

こいつは初号機。青紫色が何とも可愛らしいです☆

そして、初号機のあとに咲いてくれた弐号機。
鮮やかな紫色で、元気いっぱい天に向かって伸びています。

かと思えば、純白色のルビナスも咲いてくれました。

最近、お花を見ると心が和むようになりました。ましてや、種から育て始めて咲いてくれると、心から嬉しくなります。

更に土いじりをしていると、「生」の感覚が甦るような気分になって、とても元気になります。
それは、生物は元々地中から、火山活動やプレートテクトニクス等によって地表に現れたらしいからなのかな?(ちなみに地下に存在する細菌の総重量は、地上生物の総重量以上という推測がある位だから)



そして、ハーブ。
秋に種蒔きしたものの、なかなか育たなかったラベンダーもここにきてだいぶ成長してきました!
また庭に種を(ばら)蒔いたタイムやレモンバームもすくすく大きくなりました☆

ラベンダーは秋口になんとか花咲きしてほしいです(^^)



そして、庭に育った雑草などを放置していたら、なかなか可憐なお花が咲きました☆
何て名前の花なのでしょう??

長崎港の夜景

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軍艦島上陸クルーズの後、ぶらぶらと長崎港を散歩してみた。
次第に空が暁色に染まり始めると、
港の景色も空の色に合わせて変化していった。

美しい長崎港の夕暮れ。
ますます長崎という街が好きになった。

稲佐山を背に、
広場に集まってきたスケボー少年と、
帰港する連絡船

日没間際の桟橋

日没間際の長崎港

ホテルの部屋から見た長崎の夜景


軍艦島の全景

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4-5 軍艦島の全景

いよいよ今日は日本vsオランダ戦☆

オランダと南アフリカといえば、オレンジ自由国とトランスヴァール共和国。
英国軍によって、ケープ植民地を追われたオランダ人入植者は内陸に移住して上記2国を建国。
しかし、その地には金やダイヤモンドなどの鉱脈が多々ある事を発見して、それに目を付けた英国軍は上記2カ国を侵攻。
通称ボーア戦争と呼ばれているが、オランダ軍は派兵を行わずゲリラ戦に持ち込んだものの、英国軍によって征服。

それだけあって、オランダと南アフリカとは因果関係がある。

・・・おっと、また話が逸れました^^
今日のスコア予想は0-0! どうだろうかな??

さて、約1時間程島内を見学した後、再び船に乗って端島を一周するように遊覧してくれた。

ちなみにこのアングルが、戦艦土佐に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになったらしい。
尚、端島の由来はガイドさん曰く「長崎湾の一番端の島」とのこと。

本当に戦艦のようなシルエットですね☆

ちなみにアメリカ軍の潜水艦が軍艦と間違えて、島に魚雷を発射したという逸話があるが、実際は船着き場に停泊していた石炭運搬船に魚雷を発射したというのが真相。

そしてこちらが外海側。
内海側は石炭の採石場に対して、外海側は主にアパートなどの住居群だったようだ。
日給住宅や鉱員住宅などが、狭い敷地内に隙間ない程建てられている。

ちなみに現在、派遣社員と正社員の賃金格差などの問題があるが、今から60年以上前に、この島でも日雇い労働者と正社員との格差に対して争議があり、三菱側が日雇い労働者を正社員化したとのこと。

200m四方弱の中に、最盛期は5,000人以上 が住み、ゆりかごから墓場(墓場の場合は隣の島に埋葬)まで、人が生活する必要最低限の都市機能があり、なんと映画館やパチンコ屋までもあったらしい。

また「草のない島」と当時言われていたが、住民による緑化運動があって、アパートの屋上などに植物を育てていたらしい。
現代の社会問題が、数十年前に既に提起されていたのは興味深い。

個人的に一番お気に入りのアングル。
まるで中世の城砦都市のように見えてしまうのは、イギリス病の性なのかな??

外海側の岸壁が城塞のように堅固なのは、高波や台風などの自然災害に備える為。尚、船着き場も過去3回、自然災害により破壊されたらしい。
それだけ劣悪な自然環境だったようだ。
写真は病院(端島病院)が写ってい…

軍艦島写真館

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4-4 軍艦島写真館

モノクロ加工とか色々小細工をしようと思ったのですが、2010年6月現在のファインダー越しから覗いた「軍艦島」をそのまま見てもらいたかったので、あえて未加工にしてみました。
何かインスピレーションを感じてもらえると嬉しいです☆