31 October 2010

秩父三社巡り 秩父鉄道のSLと転車台


4 - 三峰口駅でC58と出会った


話を秩父に戻して☆

何とも雄大な秩父連山と三峯神社をあとにして、
長瀞に向かうため
路線バスを三峰口駅で途中下車。

快晴の三峰口駅。
ローカル駅の趣きがあるのだが・・・
とにかく人だらけ!
間違いなく、平日朝の与野駅より多い(笑)

理由は。。。

C58
(SL列車・・・愛称シゴハチ)
のせいに違いない!

このSLは昭和13年~23年に
ローカル線向けに製造した蒸気機関車である。

秩父鉄道では
オン・シーズンの土日祝日に運行しているらしい。

そして「鉄ちゃん」お目当ては、きっと転車台であろう。
ボクも回転する姿を初めて生で見た。

まずはゆっくりと・・・
グル~っ!

ぐるグル~ぅ!!
(ホームの案内板と合わせて撮影しました☆)

ぐるグルぐる~ぅ!!!

いつでも準備万端だぜぃ!

ちなみに小生はSLに乗る時間がなかったので、
国鉄払下げの座席がぶっ壊れたボロ車輌に乗って、
長瀞まで行きました・・・(涙)

30 October 2010

史上最強のヒーロー列伝 ザ・カゲスター


ザ・カゲスターに憧れて


昭和50年代のTV番組は、時代を反映してか、とてもファンキーで、カオティック、且つアナーキーな「子供向け番組」が多かった。
その中で私の心の中にディープインパクトを与えてくれた番組、「ザ・カゲスター」を紹介したい。

まず、見て欲しい。アメリカの国旗のようなマントに、サイケな出で立ち。
(でも決して強くは見えない)
またブーツィー・コリンズばりの女キャラは、P-Funk全盛の頃だけに意識していたのであろうか・・・。(でも全然イケていない)



こちら主役カゲスター

 
この子はスズスター


この人ブーツィー
(凄いベーシスト)



製作者は、子供達に何を訴えたかったのであろう?
そして子供達はこの「ヒーロー」を見て、どこに憧れを持てばよいのだろう・・・(絶句)
とにかくオープニングを見た時点で何か凄いことが起きそうな予感。

話の内容は、地球を征服しようと企んでいる軍団が、次々とキャラを投入し、それをカゲスターがやっつける、というよくある王道ヒーローモノである。

この番組で一番凄いのは、必殺技である!

① カゲハンマー!

まず、カゲスターという名前だけあって、影を自由自在に操れることができる!
しかし、どう見てもただカゲスターの前を黒子が歩いているだけである。当時の子供は何人騙されたのであろう・・・。


 
決めのポーズから


   
(どうみても黒子が歩いているだけ)
影が分身!



敵キャラを見事に退治!

② 必殺技「ダブル影車輪」!!

・・・って、ただ敵の前でくるくる回っているだけ(爆笑)
何の特撮もない。
実にリアリズムを追求した技である。
これで敵をやっつけることが出来る「一撃必殺技」らしい。

 
これが、カゲスターの必殺技(汗)


ひとりの場合は
ただの「影車輪」


・・・もう何もいうことはない。
支離滅裂とした内容に最高のダサさ。
シュールリアリズムを追求し尽くした素敵な番組であった。


  
カゲスター、ピンチ!!
(でも、なぜギロチン?)

 
カゲスター決めのポーズ
 

因みに敵キャラ
(Slipknotみたいでこっちのほうがかっこいい)



勝利のポーズ、決め!



29 October 2010

秩父三社巡り 三峯神社 秩父連山の風景


3 - 遥拝殿と秋の秩父連山


晴れ渡った空と拝殿。
とても良いアングルだなと、自画自賛^^

代わりに灯籠が並ぶ石畳の参道を登ってみると・・・

遥拝殿と呼ばれている社殿があった。
ここは神社内で下界が一望できる場所。

よーく見ると斜面沿いに狛狼が。

遥拝殿の中に入ると・・・
まさに「絶景」!
秩父地方が本当に一望できる。

雲海が広がっていたら、高天原そのものである。

そんな山々に対して参拝している家族をパシャリ。

そんな霊的な雰囲気が漂う三峯神社をあとに。
鬱蒼とした緑に囲まれて、凛とした気持ちで下山。

そして、駐車場から秩父連山を眺める。
中央の山は白石山。山の向こうは奥多摩へと続く。


一眼レフカメラの練習☆
ススキと背後の連山。
秋を感じさせる一枚にしてみました。

次回は、昭和50年代にタイム・トラベルしてもらいます(笑)

27 October 2010

秩父三社巡り 三峯神社 「お犬様」信仰と社殿

2 - 三峯神社社殿と境内

随身門から山林に囲まれた参道を歩いていくと、三峯神社社殿に到着。

鳥居から拝殿を眺める。
秩父の神社の特徴として、両脇に酒樽のようなものが積んでいる。
しかも、ここにも神代文字が・・・謎。

三峯神社
主祭神 
伊弉諾尊(イザナギ) 伊弉册尊(イザナミ)
配祀 
造化三神、天照大神

由緒
景行天皇の時代に日本武尊東征の折、尊は甲斐国から上野国を経て、碓氷峠に向われる途中、当山に登り、伊弉諾尊・伊弉册尊の国造りを偲んで創建したという。
その後、景行天皇が東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号を賜った。

文亀年間(1501年 - 1504年)に修験者の月観道満により堂舍が再興され、以降、聖護院派天台修験の関東総本山とされ、隆盛した。本堂を「観音院高雲寺」と称し、三峯大権現と呼ばれた。
享保5年(1720)日光法印という僧によって、今日の繁栄の基礎が出来、「お犬様」と呼ばれる御眷属(ごけんぞく)信仰が遠い地方まで広まったのもこの時代であります。
以来隆盛を極め信者も全国に広まり、「三峯講」を組織し、三峯山の名は全国に知られ、その後明治の神佛分離により寺院を廃して、三峯神社と号し現在に至っている。
(御由緒より要約)

左から祖霊社、そして国常立神社。
祖霊社とは、開山以来の歴史の祖霊をまつる社のことで、国常立神社は、国土形成の神である国常立尊(くにとこたちのみこと)が奉られている。

数多く並ぶ末社群。
とても神聖な空気が漂っている。

最後に神楽殿。
朱色に塗り奉られた社殿と違い、自然の温もりを感じさせる木の色を見ると落ち着く。

狛狼が遠くを眺めていた。
遠く先にある妙法ケ岳山頂(1329m)に鎮座する奥宮を見ているかのように。

25 October 2010

秩父三社巡り 三峯神社 三輪造りの鳥居


三峯神社 - 1 (三輪鳥居~随身門まで)



西武秩父駅から路線バスで揺られること1時間半、
第一の目的地~三峯神社に到着。

ようやくバスから降りると、ほんのり木々が色づき始めていた。
半月~1か月程時期をずらしたら、
紅葉目当ての観光客で大渋滞になるんだろうな。

風情ある門構えをしたお土産屋さん。
中を覗いてみると・・・

三度笠を被った猪さんと熊さんが、客呼びしていた^^

歩いていること数分。
三峯神社の鳥居に到達!
この鳥居は、「三つ鳥居(三輪造)」という。

境内の参道を歩いていると
派出所のような詰所跡が。

神社そのものが山の中にあり、
「聖域」の様相を呈している。

杉の巨木に囲まれた参道を歩くと、
不思議と平穏な心に立ち返ることができる。

・・・すると、数多くの灯篭が立ち並び、
その先に朱色をした大きな門が待ち構えていた。

ここが「随身門」。
神仏習合の時代には「仁王門」と呼ばれ、
拝殿正面に置かれていたらしい。

また写真をよく見ると、
神社の標識の土台に朱色で書かれた
神代文字がある・・・。

本来ならば両脇に仁王像が置かれている筈だが、何もない。
明治時代初頭の廃仏毀釈運動で
撤去されてしまったらしい。

そして、この神社の「狛犬」は、狼。
「お犬さま」と呼ばれ崇められていた
三峰信仰(山犬信仰)の神使とされている。

次回も三峯神社です。

24 October 2010

秩父日帰り紀行 序編


秩父日帰り紀行 (1) はじめに



感動と興奮!の諏訪~安曇野の旅から早1か月。
信州で蓄えてきたマイナスイオンが、日々の生活の中で早くも欠乏してしまった。。。

そして10月の3連休。
特に予定もなく家で引籠っていようと思っていたが、イライラがピークに達し、

「これはどっか行かねば!」

ということで、白羽の矢が立った地が「秩父」であった。

ボクにとって秩父の思い出で、まず思い浮かぶのは「正丸峠」
(写真は武甲山、山の成り立ちは・・・ビックリしますが、後日)

高校時代に学校を友人とサボって、原付バイクで走破した記憶があったり、大学時代に普通自動車免許を取って、初めて独りで走った峠も正丸峠であった。

トーゼン、愛車は86レビン。
家業の都合で豆腐屋さんのロゴを付けてドリフト・・・もとい、フツーのステーションワゴンでおっかなびっくりの安全運転でした☆

そして、同時に抱いていた秩父のイメージといえば「埃っぽい」。
武甲山~秩父セメントに代表されるように、日本屈指のセメント採掘地なので、大きなプラントが立ち並び、道路は砂まみれ、そして山は削り取られて地肌が露出している・・・そんなイメージしか持っていなかった。

しかし、最近ハマりの「神社巡り」をしてみよう!と思い、「食わずものきらい」は良くないから、一日かけてのんびり周遊してみよっかな?と、半ば衝動的に出掛けることに決めた。
(あと、御朱印帳のサインも頂きたいし^^)

ここはスタート地点の与野駅。

断言しよう。
与野は日本で一番熱い街である。


例えば、サッカーW杯南アフリカ大会の正ゴールキーパー・守護神川島クンは与野出身。
我が愛する歌姫、椎名林檎嬢も与野駅周辺で生まれ育ったし、TBSのアナウンサー青木裕子嬢もしかり。確かボビー・オロゴンも居住していた。(そして、オレw)
また、Jリーグクラスのサッカー選手だと・・・キリがないのでやめておきます。

また、近くの洋食屋さんやラーメン屋さんに行けば、アジア王者歴のある浦和レッズの選手達と一緒に食事できる可能性は高いし、選手達が運転する高級車に何度も轢かれそうになったこともある。(相当根に持っている。Kリーグに行った元得点王め・・・怒)

さらにさらに、行き付けの中華料理屋には・・・

福永 恵規さん
(おニャン子クラブ会員番号11番)

の(ほぼ)等身大ポスターが・・・(絶句)
(しかも額の中に入れて、大切に保管している・・・笑)

・・・そんな日本一熱い駅、「与野」
(Yo-No!と、Hip Hop調なアクセントで読むのがナウい)

撮影時間は午前6時半なのだが、人影はまばら・・・。
さすが、熱い街のキー・ステーションなだけある(苦笑)

・・・と、くだらん事をズラズラと書きました。

とにかく、ルフィーとチョッパーくん
と一緒に探検だーい!
出発進行ぅ~♪


(完全に精神破綻状態・・・)

*今章は、恐らくShort Termなストーリーになる筈なので、ご安心をー。

23 October 2010

Sonny Boy Williamson - Down And Out Blues (1959)


今日の一枚
Sonny Boy Williamson - Down And Out Blues (1959)



サニー・ボーイ・ウィリアムソンは、ミシシッピー出身のブルーズ・ハープ奏者。
1959年のデビューアルバムで、且つ生前のラストアルバム。
ジャケットが1950年代の南部の臭いムンムンでかっこいい☆

彼は1899年生まれ(諸説だと1897年とか1901年とか・・・要は年齢不詳)
1955年にシカゴに渡ってChess Recordと契約後、
遅咲きの才能を発揮する。
そして60歳にして初のソロ・アルバムをリリース。

若き日、ロバートジョンスンが毒殺されたとき一緒に演奏してて、
「そんな何が入ってるかわかんねぞ」って警告した逸話があり、
他界一年前(1964年)に渡欧して、
アニマルズ、ヤードバーズ、ジミーペイジとレコーディングし、
UKにブルーズを伝播させた伝説の男。

彼の唇から奏でられるハープの音は、まるで魂の塊。
そして彼の歌声は、泥臭い程に「生きざま」を感じられる。

1970年代の米国を代表するロックバンド
The Bandのドラマー、リヴォン・ホルムは、
ラジオ番組の収録で見た彼を見て、
こう回想している。

“オーバーオールに麦わら帽をかぶった、
じかに見るサニー・ボーイは、迫力に満ちた印象的な人物であった。
分厚い唇は長年ハーモニカを吹いてきたせいで硬くなっていた。
ぼくは彼がハーモニカに向かって歌っているのに気づいた。
彼の声は金属製のハーモニカを通って、
剃刀の刃のように研ぎすまされてから、
マイクに到達する。
それが歌に、特別な金属的な衝撃のエネルギーをくわえる。

(WIKIより引用)

秋の夜長、満月の夜空を眺めながら
究極のブルーズ・マンの極上のハープを堪能あれ♪

18 October 2010

出雲路を歩く ホーランエンヤ 12年に一度の海事祭


ホーランエンヤに立ち会えた!


前々回にて、醤油屋さんのおばあちゃんに勧められて、予定を変更して一路松江へ。
「ホーランエンヤ」という祭自体、見た事がないので、興味津々☆

運よく松江城の駐車場に駐車することが出来て、一路会場へ・・・と言っても、良く分からないので人の流れに付いていった。本当は情緒溢れる松江市街観光を楽しみたいのだが、我慢。

見学スポットに到着すると、川岸には既に多くの見物客で賑わっていた。
また、橋にも人だらけ!
うーん、興奮し始めてきたぞ☆

座り見する事は出来なかったが、何とか最前列のオールスタンディングブロックに陣取ることができた。
(・・・ってライブじゃないだから^^)

・・・ホーランエンヤについて調べてみた。

“12年に一度、約100隻の船が大橋川と意宇川を舞台に繰り広げる、豪華絢爛大船行列「ホーランエンヤ」。360年の歴史を有す松江城山稲荷神社式年神幸祭の通称です。
古くから宮島の管絃祭、大阪天満の天神祭と並び、日本三大船神事の一つといわれる、水の都松江が誇る全国最大級の船祭りです。”
(公式HPより抜粋)

計9日間開催され、この日(初日)は、「御渡祭」(とぎょさい)
松江五地区の櫂伝馬船を筆頭に、神輿船や神器船・神能船・神楽船など100隻以上で構成する大船団が、宍道湖(城山稲荷神社)から大橋川~中海を経由して、意宇川沿いにある阿太加夜神社に向かう。
川岸の向こうには、大船団が待ち構えている。
全く予測不可能!ワクワク。

そして、ホーランエンヤがはじまった。
五大地と呼ばれる地域の人々が色とりどりに装飾した櫂伝馬船に乗り組み、松江市指定無形民俗文化財「櫂伝馬踊り」を勇壮に踊っている。

「ホーラン、エーンヤ♪」

威勢の良い掛け声をしながら、整然と揃う櫂さばきで、色鮮やかな船団は悠々と進んでいく。
舳先で威風堂々見得を切る歌舞伎姿の剣櫂、艫で艶めかしく身をくねらす女装の采振り。
ただただ唖然としてしまう程、迫力に満ち溢れている。

歴史としては、慶安元年(1648年)出雲国で大規模な凶作となったことを受けて、当時の松江藩主の松平直政が城山稲荷神社の御神体を船に載せて阿太加夜神社まで運び、五穀豊穣を祈願する祭礼を行ったのが起源とされている。当初は10年周期であったが、いつしか12年周期となったようである。

ホーランエンヤの語源は、漢字で「宝来遠弥」あるいは「豊来栄弥」の当て文字から由来するらしい。

そして、船団は一路意宇川沿いにある阿太加夜神社へ。

全くこの祭が開催されるなんて知らなかったので、本当に得した気分。
そして、いつかこの祭に立ち会えるよう願って、櫂伝馬船団を見送った。

さあ、帰りの時間だ。

video


ホーランエンヤの模様を撮影したビデオをUPしました。
良かったら、見て下さい☆

次回は、いよいよ出雲旅、最終回です。