28 December 2011

ネパール漫遊記 (バクタプル~トウマディー広場と古都の夕暮れ)

Location Rammandir Rd, Bhaktapur 44800, Nepal
Bhaktapur - Taumadhi Square

カトマンズに続いてはネワール族の古都バクタプル。
バクタプルの中心地は映画「リトル・ブッダ」のロケ地にもなった古の都。

カトマンズから車で約40分程で到着するが、タメルの道端で拾ったタクシーに乗車したので、立派な舗装道路(アルニコ・ハイウェイという日本が出資した道路)から細道に入ったときは、「運転手大丈夫かな??」と、少々ビビった><

なんとか無事に到着し、入場ゲートに入ると・・・
ダルバール広場の建築物の美しさに思わず『おおっ!!』と、感嘆の声を上げてしまったが、

『きっと朝焼けの風景は更に美しいだろうな・・・』

と感じたので、観光を満喫することにした。

とはいえ、快晴のバクタプルも充分に美しい。
旧王宮を見渡すように配置されたこの像は、旧王宮を建立したマッラ王朝の王、ブパティンドラ・マッラ王の石柱。

通称『55窓の宮殿』と呼ばれている旧王宮。
木彫で作られた窓の精巧さ、そして調和のとれた造形美に圧倒されてしまう。

この宮殿は17世紀から18世紀にかけて造られたもので、ネワール建築の傑作と評されているらしい。因みに『ネワール』とは、カトマンズ盆地に居住するネワール民族のこと。

バクタプルは15世紀~18世紀にかけてマッラ王朝の首都があった都のひとつで、「帰依者の町」という意味を持つらしい。

ダルバール広場から情緒ある坂道を下っていくと、トウマディー広場に差しあたる。
車の入場を規制したダルバール広場と比較すると、賑やかな雰囲気で活気が溢れている。
さらに奥へ進むとバザールがあり、路上で営業している床屋さんがあったりしておもしろい。

トウマディー広場のマンドマークであるニャタポラ寺院。
高さ30メートルを誇るカトマンズ盆地で最も高い五重塔。

不思議と日本的な雰囲気を感じてしまう。

寺院正面に鎮座している象にまたがった可愛い子供^^

ネパールの寺院の門前には狛犬のように獅子が鎮座していたり、天神様のように牛(シヴァの乗り物)が鎮座していたりと、日本の神社仏閣と類似点が実に多い。
いや、類似点というより、影響を受けたという方が正しいのかな?

ニャタポラ寺院の石段を登ると、トウマディー広場を見下ろすことができる。
この寺院は、バイラヴナート寺院。
現地住民の信仰が極めて篤く、昼夜問わず多くの参拝客で賑わっていた。

よく写真を見ると軒下には、お祭りのときに曳かれる山車の車輪がある。
お祭りのときも、インドと同様に山車が町を練り歩くという。

・・・ブラブラと散策していたら、裏小路から賑やかな民族音楽が♪
細い路を抜けると広場になっていて、ネパール民族舞踊が行われていた。
映像(ビデオ)も撮ったので、いつかUPします☆

(恐らく)どっかの団体客ツアーの見世物だったのだろう。。。
タダで見物できたのでよしとしよう^^

そしてゲストハウスに到着。
部屋にバルコニーがあって、ゲストハウスとは思えぬなかなかLuxuryな雰囲気。
(ハネムーンなのだから、当然と言えば当然なのだが・・・所持金少なかったもので)

バクタプル市街が一望できるバルコニー。
夕焼けに染まり始めたニャタポラ寺院と多くの人々が行き交う広場をのんびり眺めながら、悠々とした時間を過ごしていた。

寺院のてっぺんをズームして撮影。
細部にわたって木彫されているのがよく分かる。

屋根の頂にあるのはガジュールといい、天から神様が降り立つ目印とされる尖塔。
軒を支える方杖(ほうづえ)のことをトゥンダールといい、様々な神像や獣像が彫られている。

夕暮れのバクタプル。
実に幻想的♡

しかし、この後数時間に亘って停電したのであった・・・。
ネパールで停電は日常茶飯事で、乾季の季節だと最長で11時間も停電するらしい。

灯りがついている場所は「自家発電」。
といっても、日本のコジェネのような立派な代物でなく、単にバッテリーを並列させて蓄電しているシンプルなもの。

部屋の中は停電してしまったので、食事がてら市街地を散策してみると、パティで男達が集まって宗教歌(バジャン)を歌っていた。
旋律は夕暮れの景色とあいまって、実に情緒溢れていた。

このとき、ネパールを訪れてみて良かったな、と心から思ったのであった。

(そして、ブレブレの写真だらけだったので、一脚を購入しようと心に誓ったのだった><)

次回は・・・2012年第一弾!
夜明けのバクタプルを☆


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26 December 2011

ネパール漫遊記 (ヒンドゥーの聖地~パシュパティナート)

Location Pashupati Nath Rd, Kathmandu 44600, Nepal
Pashupatinath

続いてはヒンドゥー教の四大聖地のひとつであるパシュパティナートへ。
カトマンズの町並み自体、カオティックな雰囲気を醸し出しているのだが、この地はさらに濃縮されていて正直圧倒されてしまった。

さて、パシュパティナート寺院の門前通りの雰囲気。
多くのヒンドゥー教徒が参拝のために行き交っている。
ちなみにツーリスト入場料は1人500ルピー><と、かなり高額・・・。

ここは顔料を販売しているお店。
カラフルに陳列された顔料、そして水色の門構えがとても可愛らしい。

サリーを着たお嬢様達。
手には神前に供えるお花などを携えて聖域・パシュパティナート寺院に向かおうとしている。
異文化の日常を直で触れることが出来て、とても幸せ。

ここがパシュパティナート寺院の正門。
中央にシヴァ神、両脇にはガネーシャ神とクマラ神なのかな??

しかし、ヒンドゥー教徒以外は残念ながら、この先に進むことが出来ない。

・・・ということで、門前に置かれた像にてご容赦を。
この像は、門前に置かれているから獅子神(ナラシンハ)のこと?

『シンボル』がしっかりと(!?)付けられている・・・。
獅子にしては、目やひげの恰好が何とも『俗』っぽく、可愛らしい。

壁に描かれている目の画。
よーく見ると瞳の中にシヴァが写っている。
そして眉毛や目の形は蛇神~ナーガなのかな?

細かい箇所にも彫刻が彫ってあるので、とてもおもしろい。

『ニャンっ!』なのか『キーっ!!』なのか分からないが、実に愛くるしい木像。
間違いないことは『ワン!』ではないことくらいしか分からない。
(インド・ヒンドゥーにおいて、犬は最も忌み嫌われている動物らしい)

さて、パシュパティナートの『パシュパティ』は、ヒンドゥー教の最高神シヴァの化身で、「野生の王」を意味し、シヴァが金の角を持つ鹿~パシュパティに変身して森で遊んでいたという伝説がある。

紀元前3世紀には既に寺院が建立されていたヒンドゥー教の聖地であり、当然世界文化遺産に指定されている。

奥の森は「隠者の洞窟」と呼ばれていて、サドゥー(聖仙)が修験していた場があったという。

サドゥーとは・・・一回ばかり訪れたボクには説明できない><

パシュパティナートには数多くのサドゥーがいて、自然とドレッド・ヘアになった伸び放題の毛に、ただヨガを組んで瞑想にふける者、白粉を全身に塗り白い壁と完全に同化している者(通り過ぎるまでまったく気付かなかった^^)等々、数多くのサドゥーが徘徊していた。

パシュパティナート寺院、そして現在は貧困層のシェルターとなっているパンチャ・デワル寺院を通り抜けると、聖なる川・バグマティ川に差し掛かる。

御供え物がゴミのように流れている淀みきった川の流れ。
そして、川岸のガートからは人が火葬された煙が立ち込めていて、焦げた臭いが充満している。

眼下に拡がる『生』と『死』とのクロスロード。
ボクはただただ呆然と、この風景をただ眺めることしかできなかった。

ネパールはチベットとインド(仏教とヒンドゥー教)の交差点のような地であり、寺院でも両神が習合して奉られている独自の宗教文化を持っているが、ヒンドゥー教徒において『死』に関しては、火葬をして遺灰をガンジス川に繋がっている『聖なる川』へ流す(旅立たせる?戻す??)ヒンディー方式に準じて執り行われる。
(意味については勉強不足のため、書きません。)

あくまで私見なのだが、日本の死生観だと、死後に戒名が付けられ、荼毘されたお骨は骨壺の中に納められるように、『生』と『死』は分断されたものであり、先祖が入るお墓の中に入って供養される。
これに対して、ヒンドゥーの死生観は、『生』と『死』は連続しているものであり、輪廻転生を信じるために墓に入らず、聖なる川に流すことで来世の到来を信じるものとされている。

ヒンドゥーも仏教も、基は古代バラモン教から派生したものであるし、類似点も数多くあるが、『死』に対する解釈が正反対なのは興味深い。

とはいえ、頭では理解していても、救急車で白い布にまかれた遺体が薪の上に安置されて、公衆の面前で火葬される様を直に見てしまうと、完全に思考停止に陥ってしまい、どのように受け止めるべきかなんて考える余地などなかった。

その位に衝撃を受けた光景であった。

時間の都合上、ムルガスタリの森や高台を意味するカイラスコット等に行くことは出来なかったのが残念だった。
(というか、来訪した時はあまりに異質な空気のため、ビビッていたというのが本音)

きっと、再びカトマンズに訪れるだろうから、その時はもう一度来訪したいと心から思った。


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24 December 2011

ネパール漫遊記 (世界最大級の仏塔~ボダナート寺院)

Location Bauddha Bus Stand, Kathmandu 44600, Nepal
Boudhanath

スワヤンブナートの次に向かった地は、ボダナート。
密教(チベット仏教)の巡礼地とされており、世界最大級を誇るストゥーパといわれている。

車の往来が激しい大通りからチェックゲートを通過すると、周囲の建築物で隠れていた巨大なストゥーパが目に飛び込んでくる。そして、ストゥーパを囲むように数多くの僧院、そしてツーリストや巡礼僧向けの飲食店や土産店が林立している。

人々の流れは、ストゥーパの周りを時計回り(右肩を仏塔に向けて)に流れていて、「巡礼の地」であることを認識させられる。

高さ36メートル、石で造られたドームの直径は27メートルにもなるボダナート寺院の全容。
ドームの下には、108体の仏像が彫られており、満月の夜にはその仏像の一体毎にローソクが灯されるという。

建立は諸説あるが、5世紀には既に建てられてたという。
チベットとネパールとの交易ルート上にあったため、チベット商人や巡礼者は必ずこの地を訪れ、旅の無事を祈願していたという。

ストゥーパの上を周回している少年僧。
この尊大なストゥーパを見て何を想うのであろう?

この地が現在のようになったのは、1959年のチベット動乱以降。
中国によるチベット地方の武力制圧により、スワヤンブナートと同様に多くの亡命チベット民族が住みつき、僧院や住居等が建てられ「リトル・チベット」が形成されていった。

掲げられた無数のタルチョ、そして何よりストゥーパの大きさに圧倒されてしまう。
ちなみにストゥーパについては、スワヤンブナートにて書いているので、ご参照の程を。

密教徒だけでなく、ツーリストもストゥーパの上に登って周回することできる。
正面にお香が焚かれていて、煙が太陽光を乱反射させていて、香しい臭いと相まって神聖な雰囲気が充満していた。

そして運良く、他国の仏教徒の一団がタルチョを奉納している場面を見ることができた。
恐らく掲げられるタルチョにお浄めをしている儀礼のように思われる。

僕たちは旅のささやかな記念として、100ルピーをお布施して小柄なモンクから経典が内包されているチベット色彩の鮮やかなペンダントを頂戴した。

ボダナートの町並み。
観光客だけでなく、多くのチベット仏教徒が祈りを込めながら、練り歩いていた。
彼らにとってボダナートは正に安息の地であり、巡礼の到達点なのである。

とはいえ、ネパールは近年中国と友好関係にあるらしく、亡命者に対する取り締まりが厳しくなったという。とても憂慮すべき問題である。

ここには数多くのチベット仏教の僧院があるが、ガイドさんの宗派であるサキャ派のツァムチェン・ゴンパに入ってみることにした。
壁全体が極彩色で飾られたチベット壁画で埋め尽くされている。
模様の繊細さ、そして色使いの大胆さに目を奪われてしまう。

院内に鎮座されていた(恐らく)大日如来の銅像。
本尊の前では、巡礼者が五体投地(両手・両ひざ・額を投げ伏すさま)をして礼拝をしていた。
ちなみに、仏塔を五体投地しながら周回する修行僧もいるらしいが、僕たちが来訪時にはいなかった。

無数に灯されたバターランプの炎の数それぞれに祈りが込められている。
祈りとは仏への帰依なのか?
それとも、『祖国』チベットの安寧を願う気持ちなのか?

そんな事を自問しながら、次なる目的地~ヒンドゥー教四大聖地へ。


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22 December 2011

ネパール漫遊記 (聖地~スワヤンブナート)

Location Steps to Swayambhu, Kathmandu 44600, Nepal
Swayambhunath


カトマンズの夜はいつか書くことにして、しばらくの間は、本ブログの趣旨に沿って(??)寺院を中心に書いていきたく思います。

まず向かった地は、スワヤンブナート。
カトマンズ中心地から西へ2㎞程離れた丘の上にある仏教の聖地のひとつで、2500年以上前に建立されたといわれるネパール最古の仏教寺院。

門の脇に置かれた巨大マニ車。
丘の頂上にまで行けないお年寄りでも、マニ車を回せばストゥーパ(仏塔)に行った御利益があるという。

表参道に3体の如来像が我々を見据えるかのように鎮座されていた。
降魔印の手ぶりをしていたので、釈迦像だと思われる。

急な階段を昇っていくと、華やかな尖塔とドームが見えてきた。
帰路に撮影したので、右側の通路からのアングルになっているが、左側通行が原則。

タイプしてて気付いたのだが、階段ではハルミカ(目が書かれている基部)が見えない。
きっと、頂上まで登らないと見えないように設計したのであろう。

そして丘の頂へ。
一番巡ってみたかった『聖地』を拝むことができて感動><
タルチョも心地よくカトマンズの空気を浄化するかのように靡いている。
特に、ハルミカ四方に描かれたブッダの目が神秘的。

さて、目の描かれているハルミカ(基部)と、13層になっているリング塔には意味があるらしい。

13層は、涅槃(ニルヴァーナ)に至るまでの12の苦悩(十二因縁の道理~無明(煩悩)、行(志向)、識(識別・区分け)、名色(肉体・精神の欲求)、六入(感覚器官)、触(感覚器官に感受対象が触れること)、受(感受作用)、愛(渇愛)、取(執着)、有(存在)、生(生まれること)、老死(老いて死ぬこと)、そして悟り(涅槃)の1層で、ブッダが「智慧の目」を四方に開いている。

さらに、その下の白亜色のドームには、全ての煩悩から解放された無の境地を現しているという。
(一部小生の想像もあります・・・間違いは御勘弁を)

これは金剛杵(チベット密教の呼び名でドルジェ、サンスクリット読みだとヴァジュラ)という、チベット仏教等で主に用いられる仏具。
刃の数や配置にも深い意味があるようだが、仏教ブログではないので割愛します^^。
ちなみにスワヤンブナートの杵は、五鈷杵。(五枚の刃があるから)

これはマニ車で、ストゥーパの周囲に置かれている。
マニ車とはチベット密教の仏具で、側面に「OM MANI PADME HUM (オム・マニ・ペメ・フム)」と、マントラ(真言・呪文)がサンスクリット文字で刻まれていて、内部には経文が巻かれている。

ヒマラヤのマニ水車はここを参照☆

「OM MANI PADME HUM」と唱えながら、この車を時計回しに回転させることにより、経を読んだのと同じ功徳があるとされている。

ちなみに訳すと、『蓮華の宝珠よ、幸いあれ』という意味らしい。

詳細は・・・
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のホームページ
に記載されているので、ご参照を。

さて、スワヤンブナートはネパール仏教の聖地とされていて、日本でいう大地創造の神話や七頭龍伝説などに近似している神話が存在している。

『・・・むかーし、むかし。 
神々がいるヒマラヤの麓~カトマンズに、大きな湖がありました。
その湖に浮かぶ島に咲く蓮華の花から、あるとき大日如来が姿を現しました。 
インドへ帰国しようとした際、そのことを知った文珠菩薩は、大日如来に敬意を表するために、この島に向かってみることにしました。
すると、土地の人々が文珠菩薩の下に集まって・・・ 
土地の人々:「モンジュさま><
湖に棲む大蛇が悪い事をして困っているのですよ(涙)」 
と、相談してみました。
モンジュさま: 『大日如来が現れる神聖なこの地に、 
大蛇とは・・・なんたること!』 
そこで、頭の良い文珠菩薩は持っていた剣で南にあるチョバール山を切り開きました。
すると、怪物は湖水とともに流れ去り、民が住める肥沃なカトマンズ盆地が生まれました。 
文殊菩薩は、島だったその丘にストゥーパを建てて、後にゴータマ・シッダールタ(お釈迦様)として生まれ変わる大日如来を万物の創造者として称えたとさ。 』
-おしまい-

(出典: 地球の歩き方より要約・意訳)

その島が現在のスワヤンブナートの丘。
ガスのせいか、盆地がまるで水を湛えた湖のように広がっている。

カトマンズ盆地は3万年前は湖だったこと、チョバール山附近で崩落したため水流が変化したことが地質学の研究によって証明されており、この伝説は単なる寓話ではないのである。

尚、盆地が湖だったという話は、かつての諏訪や奈良、京都なども同様に、かつて大きな沼や湖があったという。

スワヤンブナートは13世紀までにカトマンズ盆地で最も重要な仏教の聖地となり、15世紀イスラム教徒により被害を受けたが、その後再建。
20世紀後半には、中国・チベット自治区の武力侵入(1959年のチベット動乱)により故郷を追われたチベット難民が周辺に住みつくようになったという。

ここスワヤンブナートはチベット仏教だけでなく、ヒンドゥー教の神々も奉られている。

源流が同じバラモンから派生しているのも影響しているだろうが、ネパールにおいて、ヒンドゥー教と仏教に関しては厳格に区別されている訳でなく、比較的寛容な関係にある。

その点においては、過去(~江戸時代)の日本における神仏習合と近似していると思える。

お供えのティカや花で彩られたヒンドゥーの神様の裏にはブッダ像が建立していたり、ストゥーパの脇にはインド様式のお堂が建てられていたり・・・

サリーを着たヒンドゥー教徒がお花を供えている横を、袈裟を着た仏教徒が祈りを込めながらストゥーパを周回している。

仏教・ヒンドゥー教双方共にうまく理解し合い、共生している。
こうした精神を、我々も見習わなくてはならない、と思う。
(いや、日本も過去は持っていたのだが、明治時代以降失われていった(奪われていった)、と記した方が正しいのか。)

さてさて、朝早く訪れたせいか、露天商はちょうど開店準備の最中。
と言いつつ、彼らはのんびりマイペース。
ネワール建築の建物と露店に並ぶ装飾品が、朝日に浴びて美しい。

ハリティ寺院という黄金の寺院。
子供達を守護するヒンドゥー教の女神~ハリティ(鬼子母神)を祀る寺院で、敬虔なヒンドゥー教徒が熱心に参拝していた。
ハリティは安産・子育ての神様とされ、日本にも伝来しており、東京・雑司ヶ谷にある法明寺鬼子母神堂をはじめとして、多くの寺院で祀られている。

ちなみに、ハリティ(鬼子母神)は、もともとは夜叉神・毘沙門天の部下だった武将の妻で、500人の子供を生みながらも、他人の子供を喰ってしまうような鬼だったらしく、ブッダの戒めにより改心した、という恐ろしい逸話が残されている・・・。

デワマルタ・ゴンパという僧院に鎮座されている大日如来像。
チベット画に彩られた院内の装飾、周囲から聞こえてくるモンク(僧)のチャント(読経)、そしてお香の匂い。
チベット密教の世界が五感を伝わって体内に吸収されていく。

スワヤンブナートの通称は『モンキー・テンプル』
数多くのお猿さん達が、奇声を発しながら仏塔や像の上をピョンピョンと跳ね回っている^^

観光客慣れしているのか、カメラ目線でポーズを取ってくれる(冗談)

展望台からは、文殊菩薩が切り裂いたといわれるチョバール山が一望できる。

とても神秘的で、聖地に相応しい佇まいを持つ、スワヤンブナート。
ネパール再訪できたら、ゆっくり時間をかけて巡ってみたい地であった。

次回は、世界最大級のストゥーパ~ボダナートです☆



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