奈良の社 大和神社 『国土の神様』を祀る古社

奈良の社
大和神社
(天理市新和泉町306鎮座)
大和神社は崇神天皇の御代に創建された古社で、旧称を朝和之宮という。
境内はとても広く、鎮守の森は緑深く、社はとても美しい。
車止の位置までレンタサイクルで進んだほど。

祭神の日本大国魂大神は、日本書紀で倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)といい、八千戈大神は大国主命の別名、御年大神は『歳神(としがみ)』のことだが、色々な諸説があるという。

日本書紀には「宮中にて天照大神と並び祀られた」とあり、特に奈良時代から平安時代にかけては、伊勢神宮に次ぐ規模をもつ神社だったという。
さらに、太平洋戦争中は、戦艦大和の守護神として祀られていた過去も持つ。

石鳥居
国道169号線にも大鳥居がある
大和神社は日本書紀第五巻・崇神天皇の大神神社創建のおはなしの中で登場している。
巻第五 崇神天皇の巻
それまで天照大神・倭大国魂神二神を天皇の御殿の中に並べて祀っていたが、崇神天皇五年以降、国内には疫病が発生し、多くの民が死んでいきました。
さらに翌年も飢饉により、農民は田畑を耕すのを止め、反逆する輩まで現れました。 
崇神天皇は、『これは両神のお力があまりに強いからだ』と畏れ、両神を共に並べることに対して、不安を覚えました。 
そこで天照大神を崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命に託し、大和の笠縫邑(←元伊勢といわれている場所・檜原神社、飛鳥坐神社など)に祀り、その地に堅固な神籬を造りました。 
そして、倭大国魂神も同じく天皇の皇女・渟名城入姫命を斎主として祀らせようとしたが、淳名城入姫命は、髪が落ち体は痩せて祭祀を続けることができなくなった。
境内
七年八月、倭迹速神浅茅原目妙姫 (倭迹迹日百襲姫の別名)、穂積臣の先祖・大水口宿禰、麻績(オウミ)氏の祖伊勢麻績の三人が共に、 
「昨夜夢を見ましたが、一人の貴人が・・・
『大田田根子命を、大物主神を祀る祭主(←のちの大神神社)とし、また市磯長尾氏を倭大国魂神を祀る祭主とすれば、必ずや天下は平穏になるだろう!』
と、仰ってました。」
拝殿
天皇は大田田根子を捜索させて、ついに茅渟縣陶邑で見つけることができました。
天皇は自ら神浅茅原に向かい、大田田根子に 「お前は誰の子か」と尋ねると・・・
大田田根子は 「父を大物主神といい、母を活玉依姫といいます。陶津耳の女なり」、または「奇日方天日方武茅渟祇の女なり」と言いました。 
天皇は物部蓮の先祖の伊香色雄を神班物者に命じて大田田根子を大物主大神を祀る祭主とし、また長尾市を倭の大国魂神を祀る祭主とした
これにより疫病も止み国内は鎮まり、五穀は実って百姓は賑わったとさ。 
おしまい
拝殿より本殿を望む
大和神社創建に関する記述は太字にしてみた。
ちなみに、古事記では大和神社について触れられていない。

そして、当初の鎮座地は、現在の鎮座地の東方の山麓大市の長岡崎(現在の桜井市穴師および箸中の付近)であるとみられ、後に現在地に遷座したとされるが、遷座の時期ははっきりしていない。
一説には現在の長岳寺というが、長岡崎が長岳寺付近の丘陵を指す可能性もある。

扁額
大和神社 (おおやまとじんじゃ)
鎮座地 天理市新和泉町306鎮座
御祭神 日本大国魂大神(中央)、八千戈大神(右)、御年大神(左)
例祭  四月一日 (ちゃんちゃん祭)
社格  明神大社・旧官幣大社
摂社   増御子神社、高龗神社、朝日神社 末社 祖霊社、事代主神社、厳島神社

本殿

由緒
日本大国魂大神は日本の国の土地を司る神で、大地主大神と申される。
伊勢神宮に坐す天照大神と共に宮中にて親祭され給ひしが、第十代崇神天皇は御神威を畏れ給ひ同六年(二千数百年前)当神社の主神を磯邑(いちしのむら・大和郷)遷座され、皇女渟名城入姫命(ぬなきいりひめ)を斎王として祀らしめたのが当神社の創建である。

以降、神武天皇の功臣椎根津彦の子孫市磯長尾市を神主としてから、その子孫大倭氏が長く奉仕し、近世には同族の市磯氏が代々奉仕し明治に至った。

上古より朝野の崇敬篤く、神階は寛平九年(897)に正一位に叙せられ、「延喜式」に大和坐大国魂神社三座とある。

燈籠
白河天皇の時に二十二社に列し、朝廷の奉幣も絶えず、明治四年には官幣大社に列せられた。
神封も天平勝宝(749)から神護景雲元年(767)にかけて、大和、尾張、常陸、安芸、出雲、武蔵の諸国327戸とあり、伊勢の神宮に次いで多かったが、その後兵乱等にて衰微した。

奈良時代には遣唐使も出発に際し交通安全を祈願された。
また戦中は世界最大を誇った「戦艦大和」の守護神として祀られた。
祖霊社には、撃沈された司令長官伊藤整一命外2736柱と護衛艦の方々が英霊として祀られている。
尚、当神社の御旅所は山の辺の道筋中山町古墳にある。
(大和神社略誌より)

増御子神社社殿
増御子神社
祭神 猿田彦大神、天鈿女命
猿田彦大神は、ものごとの一番最初に御出現になり、万事最もよい方へお導きになる大神です。古事記・日本書紀などにも、わが国のはじめ天孫瓊瓊杵尊をこの国土へご啓行になられたと伝えられています。
この御神徳によって、全国各地のご祭礼に際しては一番先頭に大神を仰いで渡御が行われ、本社の渡御祭にも先駆する天狗が猿田彦大神です。 「さき立ちの神」「さきみちの神」「ひらきの神」として、氏子・崇敬者の将来の繁栄と開運成就をお授けくださいます。

摂社・高龗神社
摂社・高龗神社
祭神:雨師大神(高龗大神)
即ち水神で、崇神天皇のときヌナキイリヒメをして穂積長柄岬(現新泉星山)に創設せらる。
古くは「雨師神社」と称したといい、天候、産業を司り水利を受け給う。
祈雨、祈晴、暴風除けを祈る。
当社は古く、大倭神社注進状にも記載され、丹生川上神社上社の本社でもある。

摂社・朝日神社
摂社・朝日神社
御祭神:朝日豊明神(天照坐皇大祖)
桜井・奈良街道を行く方は必ず詣でしと言う。
殖産を興し交易を奨め給う。

祖霊社
祖霊社
御祭神 大国主命、戦艦大和戦没英霊、氏子信徒祖霊
御例祭 四月七日
春・秋彼岸の中日 国土の主と称えられる大国主命を始め、戦没英霊信徒祖霊が鎮まる。
戦艦大和を始め、第二水上特攻隊に乗り組み沖縄決戦に起死回天を計りし諸英霊。

余談だが、御朱印を頂いた際に、大和神社オリジナルの朱印帳のページマークを頂いて、とても有難い気分になった。大切に使っております。


次回は、『卑弥呼』のお墓といわれている御陵についてです♪


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