富士信仰の聖地 山宮浅間神社(元宮)

山宮浅間神社
(静岡県富士宮市山宮字宮内鎮座)


山宮浅間神社は、富士宮市街地に鎮座する富士山本宮浅間大社の北東6km先に鎮座しており、日本武尊が景行天皇3年(西暦74年)に、富士の神の神霊を山足の地から山宮に祀ったのが創始と伝えられている。

参道
浅間大社からほぼ山宮浅間神社までほぼ一直線に伸びた県道160号線は『御神幸道』と呼ばれ、
春秋の大祭礼の前日に浅間大社と山宮浅間神社の間を、神職が神霊の宿る御鉾をかついで昼夜かけて往復する「山宮御神幸」という神事が行われていた。
この神事は、『富士大神』の神霊が鎮まるために祈念されていたものであり、日本古代のプリミティヴな祭祀が色濃く残っているといっても過言ではない。

籠屋
祭祀場の前にある社殿は、どうやら神職のための籠屋。
この籠屋は、「山宮御神幸」の際に神職が一夜参籠する場所で、山宮到着後に諸神事を行い、翌朝三時(丑の刻)に再び御鉾を左肩に担いで里宮に向かったという。

ちなみに、「山宮御神幸」は長きの間廃絶されていたが、平成18年に復興されて現在も行われている。尚、その御鉾を休める磐座が『鉾立石』で、両社の門前に坐している。

籠屋の先は、賽神のように配置された鉾立石が二体あり、更にその先にある丘の頂には古代からの祭祀場、そして富士山が一望できる遥拝所がある。

鉾立石
『美しい富士山も、ある時期突如として大爆発を起こし、人々の生命財産を奪う恐ろしい山であった。その火を噴く不思議な力を人々は畏敬し、山そのものを御神体として祀り、噴火の度に富士山を拝み、朝廷でも山の神の位を上げ、使いを派遣して富士を拝ませた。
その富士山を拝んだ場所が山宮浅間神社だと考えられている。

鉾立石
山宮浅間神社には本殿がなく、いつのころか、この神社に神様を祀る本殿を建てたいと村人が本殿造りに取りかかった。しかし、上棟式までこぎ着けたとき、大風が起こって吹き倒されてしまった。

こうしたことが何度か起こり、
「山宮浅間神社に本殿を造ろうとすると、
風の神の祟りがあるので本殿を造ってはいけない」
というようになった。

こうした伝承に託して、昔の人々が古い信仰の形を今に伝えてきたのである。』
(富士宮教育委員会案内板より)

丘の上に登ってみると、まるで古代にタイムワープしたかのような風景が眼下に広がっていた。
神籬の榊の木々、溶岩石の磐境、そして磐境の先には御神山の富士山が顔を覗かせている。

神籬の榊
石垣に積まれた上には、本殿といった祠などはなく神の依り代である榊の木と御神石が祀られている。木々の根や剥き出しになった岩がところごころ露出していて、正に神域の佇まい。
本当にスゴイ場所に立ち入ってしまった、と思ってしまった。

磐境
山宮浅間神社

・御由緒
当浅間神社は通称山宮と呼ばれ、往古霊峰富士を神として仰ぎ崇めた人々が、山の頂から直接山体を礼拝した神聖な霊域で始めから社殿が無く、敷石は祭事執行の際、神官参列者の配列を考慮したもので、最も古い形式の神社である。

・御祭神
木花佐久夜毘賣命
古くは富士大神を申し上げ、後には浅間大神とも申し上げた。

・御鎮座の由来
当浅間神社は現在、富士宮市宮町に鎮座する元官幣大社浅間大社の元宮で、その御鎮祭は極めて古い。
浅間大社の社記によると、人皇第十二代景行天皇の御世皇子日本武尊が勅命により東夷を征討される余次、駿河国で賊の攻撃に遇われた際、陣中で富士の神を祈念され無事、災難を免れられた。尊は深く富士の神の恩恵に感謝され、神霊をこの山宮に祀られたと伝えられている。
更に、社記には平城天皇の大同元年(806)征夷大将軍・坂上田村麻呂が勅命により東夷を征討した帰途、浅間大神の神威を敬い奉って、現在浅間大社のある地(大宮と称した)に壮大な社殿を造し、神霊を山宮から遷し奉ったと伝えられている。
その後、当社と浅間大社との間柄は山宮(元宮)里宮という密接不離な関係を保ちつつ悠久今日に及んでいる。

岩が整然と並ばれている祭祀場
特殊神事
古くから当社と浅間大社との間には、春秋二季に山宮神事と称する極めて神秘的な行事が伝承されてきた。
この神事は里宮である大宮の浅間大社の大祭礼の行われる四月と十一月の初申日の前日である未日に行われた。

当日未の刻(午後二時)大宮司以下神職等が、神霊の宿る御鉾を奉じ行列を整えて山宮に詣で深更まで諸祭儀を厳修し、一夜籠屋に参籠する。
翌朝丑の刻(午前三時)神霊の宿った御鉾は木之行事という役職の左肩にかつがれ行列を整えて山を降る。還幸の道中は深夜でも一切燈火を用いなかったという。大宮の浅間大社に着御された御鉾は本殿内陣に鎮め奉り神事は終わるのである。
かくして申の刻(午後四時)から浅間大社の大祭礼が奉幣使を迎えて盛大に執り行われるのが慣例であった。

因りに、浅間大社の大祭礼に当社山宮に御神幸されるのは元宮の神霊即ち富士の大神が永久に鎮まりますように祈念するものであり、里宮の大祭礼は春秋農耕の安全を祈願し、豊作を感謝するための神事であったと考えられる。

御例祭日 十月十九日
(境内石碑より)

山宮浅間神社から富士山を遥拝する
磐境の先からは、偉大なる富士山の山容がくっきりと遥拝することができる。
参拝時に、周囲の大地からは湯気のような煙がうっすらと湧き立っていた。

・・・しかし、これは富士の神が荒ぶる兆候なのかな?

参道
神的な空気が支配する境内、眺望に、身震いをしてしまう程のお社。
このような社に巡り逢うことはなかなかできない。
本当に参拝出来て良かったと思う。


次回は、富士地方といえば製紙産業。
『星山』という名の集落に坐する古社です♪

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