奥多摩の社 『奥多摩の神域』 羽黒三田神社

羽黒山大権現
(東京都西多摩郡奥多摩町氷川1365鎮座)
奥多摩渓谷
羽黒三田神社は、奥多摩の山麓に鎮座する神社。
稲城市・穴澤天神社、国立市谷保天満宮、そしてあきる野市鎮座の穴沢天神社とともに延喜式神名帳「多磨郡 穴澤神社」の論社とされている。

鎮座地の山麓の清泉湧き出る洞穴を『穴澤』と称したことが由来とされており、近隣の『葦沢』という集落名から起因したとする説もあるという。

羽黒坂

奥多摩湖に通じる国道411号線から細道に入ると、なかなかキツイ坂が待ち構えている。

羽黒坂
山手の石段七十三段上に古社羽黒三田神社が鎮座して坂の名となりました。
旧青梅街道が明治三十二年に改修されてからは、小河内方面で生産された木炭運びの多数の馬力・大八車・背負い荷の人々と青梅・氷川方面からの上げ荷の人々が苦労した坂です。
奥多摩町教育委員会

鳥居
羽黒坂を登っていくと、石段、そして鳥居が見える。
鳥居をくぐると祭事が開催されていると思われる広場があり、そこでも御老人達が元気にゲートボールをしていた。その広場の先にはさらに長――い石段が待ち構えていた。

左:随神門 右:神門内にあった神輿

石段の途中に神門がある。
神門の中には二体の古ぼけた神輿が祀られていた。
周囲の雰囲気と重なり、かなり怖い雰囲気・・・。

参道
やっとこさ石段を登りきった><

と、思いきやまだまだ上り坂は続く・・・。
そば屋でビール飲まなきゃよかったと後悔。

途中あった集落を越えていくと、舗装道はなくなり登山道へ変容していく。
ストックを持ってこなかったので、結構シンドい・・・。

足場の悪い山道を歩いていくと、ようやく鳥居が姿を現してきた。
太陽光に照らされて、とても神秘的な参道。
『神々しい』風景とは、正にこのような景色のことを言うのだろう。

羽黒三田神社
本社御由緒

御祭神 
正殿 高皇彦霊神、少彦名神
左殿 天穂日命 右殿 倉稲魂命
創立
起源は社記に人皇五十六代清和天皇の御代、貞観三幸巳年(861)出雲国の人土師連行基と云う人が東国に下向し、本郡御嶽山に請り神の告を蒙り、この村に来て、高皇彦霊神、少彦名神二社の神を祭り、これを穴澤天神と称した。

社殿
由緒
本社南山麓に清泉湧き出する洞穴あり、これを穴澤と称した。
又、葦沢という集落名から起因したとする説もある。
左殿に天穂日命を祭り、これを調布郡祖の社と称す。一二は川邊神社と称したり。

永享六甲寅年(1436年) 村内元巣ノ森の羽黒大神の右殿に合祭し、羽黒山大権現と称する。
永正三丙寅年(1506年)六月 本郡の領主将門十六世の孫・三田弾正の忠平次秀が宿願成就に因り社殿を再建し、神地を加付し、扁額に領内惣鎮守たる旨を附記し奉納す。今現に存在す。

寛文八甲年(1665年)四月 徳川氏の代官曾根五郎左衛門吉廣本村検地の時、畠壹反六畝九歩の地の公租を除き是羽黒権現免に付したり。
宝永二乙酉年(1706年)二月 社殿を再建し、また後の安永九庚子年(1780年)更にこれをを再建する。

本殿
明治三庚午年(1870年) 官の命を奉戴し、羽黒山大権現穴澤大神両社号を併して羽黒三田大神と改正した。この時韮山県の管轄同年酉年村社に定められ、同年九丙午年神奈川県應神袛懸り片岡大属へ伺済の上更に羽黒三田神社と改替す。
明治廿二年 社殿を再建す。
明治廿五年八月二日 神奈川県知事 内海 忠殿許可を得、羽黒三田神社蚕盛講社を設立す。

境内坪数 四千五百七坪
境外所有地山林貮反九畝歩
大祭日 貮月(二月)拾七日祈年祭、八月拾五日例祭、拾壹月貮拾参日新嘗祭 小祭四月拾七日 中祭壹月壹日歳旦祭 壹月参日元始祭 貮月拾壹日紀元節祭 八月参拾壹日天長節祭

境内と手水石
隨神門 間口貮間 奥行九尺
神武天皇遥拝所 方六尺 高サ六尺 石垣築立アリ
石段 貮百拾七段 什器扁額壹個
由緒
永正三丙寅年六月領主将門十六世の孫三田弾正の忠平次秀宿願成就に因り、本郡惣鎮守たる告を表したる物にして松阪なり。
丈壹尺五寸五分 巾八尺 厚サ五分
鏡壹面但シ八角唐金製周囲参寸五分量目貮拾貮匁 無銘
領住者 平将門の子良門奉納せし物と云う博傅 年号不祥 御本殿 四丁

末社
本社 間口貮間 奥行貮間壹尺三扉造方五間ノ玉垣透併造 拝殿 間口四間 奥行貮間
境内神社 
鹿島神社 祭神 武甕槌命
両輪神社 祭神 大巳貴命、月夜見命
八幡神社 祭神 誉田別天皇
立野神社 祭神 級長津彦命、級津姫命
大祇神社 祭神 大山祇命
琴平神社 祭神 大國主命、崇徳天皇
菅原神社 祭神 菅原道真公
出雲神社 祭神 大巳貴命、事代主命
榛名神社 祭神 埴安姫命

大正三年五月壹日
(境内案内板より)

羽黒三田神社 社地
日が沈む前に山を降りようとすると、ヒグラシのけたたましい鳴き声が響いてきた。
山の神さまに『ヒトが去ったぞ』と知らせるかのように。

元巣の森のスギ
奥多摩駅へ戻る途中、羽黒三田神社の旧地だった元巣集落へ。

元巣の森のスギ
元巣の森は、羽黒権現社(現: 羽黒三田神社)の旧地であることが武蔵風土記にあります。
南氷川は、むかしは、「しゅく」と呼び、近所では、単に「みなみ」と呼ばれていました。小河内谷、日原谷からの物資の集散地で賑わう宿場街でした。
このスギに代表される、この森の樹々たちは、氷川の里の歴史を静かに見守っています。
所在地 氷川字南氷川
樹高 四十五メートル 幹囲 四・四メートル

奥多摩町教育委員会

元巣の森にひっそりと佇む小さな祠。
稲荷社かな?
神使のキツネがやってきそう・・・。

羽黒三田神社に向かう途中に坐していた祠。
道祖神も所々に祀られていた。

九重山
奥多摩散策はこの辺で一旦終了。

特に今回の羽黒三田神社の佇まいは本当に感動しました。
他にも巨石で有名な白髭神社等もあり、トレッキング共々再訪したいと思います。


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