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阿武隈の社 安達太良大明神 安達太良神社 

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安達太良神社
(福島県本宮市本宮舘ノ越232鎮座)

安達太良神社は、阿武隈川東岸の高台(菅森山)に鎮座する社で式内社飯豊和氣神社の論社で、西方に聳え立つ火山安達太良山を遥拝するような位置に鎮座している。

本神社は、安達太良山峰に鎮座されていた開拓神
飯豊和氣神、飯津比賣神、陽日温泉神、禰宜大刀自神
(甑明神・矢筈森明神・剣山明神・船明神)

と、大名倉山(本神社の西にある標高576メートルの前山)に鎮座されていた
宇奈己呂和氣産霊二神(高皇産霊神・神皇産霊神・・・俗に宇奈明神・・・穀物神)

とを、久安二年(1146年)合祀して「安達太良大明神」と称し、現鎮座地にて祀ったのが起源という。

ちなみに郡山市内の明神大社宇奈己呂和氣神社については下記リンクを参照。
宇奈己呂和氣神社

左:参道  右:参道脇の巨木
鳥居から先はなかなか急峻な坂。
樹木が生い茂り、中には太い根回りをもった巨木もあり、実に心地良い。

安達太良神社
当社は俗に「明神さま」と呼ばれて氏子中に親しまれ、安達太良山と相対し、本宮の市街地を一望に見晴らすことができる丘上にあり、神杉鬱蒼として清々しく、神の鎮まりますに相応しい、絶好の霊域にあります。

由緒
当社は、近衛天皇の御代、久安二年(1146年)安達太良山の峰々に鎮座されていた飯豊和氣神・飯津比賣神・陽日温泉神・禰宜大刀自神、俗に甑明神・矢筈森明神・剣山明神・船明神と、大名倉山に鎮座されていた宇奈己呂和氣産霊二神(高皇産霊神・神皇産霊神)、俗に宇奈明神とを合せて祀って安達太良大明神と称し、安達郡の総鎮守として広く崇敬されて現在に及んでいる。
なおこの時、本目村と呼ばれていた当地を本宮村に改めたと伝えられている。

御祭神
高皇産霊神、神皇産霊神
宇奈明神は、天之御中主神と共に成りませる、造化の三神として尊崇される神々で、全てのものをむすび、むすばせ給える、生成霊威の神さまです。
飯豊和氣神(甑明神)、飯津比賣神(矢筈森明神)
当地方開拓の祖神様です。
陽日温泉神(剣山明神)
大己貴神、少名彦那神と合わせた、温泉医療の神さまです。
禰宜大刀自神(船明神)
神職の祖神として祀られています。

現社殿
文化三年二月十六日(1806年)の大火により、本宮両町の殆どを焼失し、当社も御本社・拝殿・神楽殿・宝蔵及び末社まで類焼しました。同年九月仮社殿完成しましたが、再…

阿武隈の社 安積国造神社 郡山総鎮守

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安積国造神社
(福島県郡山市清水台1-6-23鎮座)

郡山で宿泊した翌朝、レンタカーを借りに向かったついでに立ち寄らさせてもらいました。
安積国造(あさかくにつこ)神社は、郡山駅西口の国道4号線と駅前通りとの交差点沿いに鎮座し、郡山の中心地にあるお社。

本神社の御祭神は、和久産巣日神、天湯津彦命、比止禰命、誉田別命(八幡大神)、倉稲魂命(稲荷大神)。
御祭神の天湯津彦命は、邇芸速日命が天磐船に乗られて河内国河上の哮峰に天降りされた時、従われて降臨された神様で比上禰命の御祖神。

そして、比止禰命は、第十三代成務天皇五年、勅命により阿尺国造に任ぜられ、安芸国から未開の当地へ赴かれ、社稷の神として和久産巣日神、天湯津彦命を赤木山(現:郡山市赤木町)に祀られ、阿尺国を開かれたという。
※社稷(しゃしょく)とは、社(土地神を祭る祭壇)と稷(穀物の神を祭る祭壇)の総称。

尚、旧鎮座地の赤木山には大安場古墳程の規模の前方後円墳(赤木古墳)があったという。

由緒
天湯津彦命十世孫の比止禰命は、第十三代成務天皇五年、勅命により阿尺国造に任ぜられ、安芸国から当地へ赴かれた。比止禰命が、国郡の範囲を定められ、赤木山(現在の赤木町)に安積国の神として和久産巣日神(穀神)、天湯津彦命(祖神)をお祀りしたのが本神社の起源である。

阿尺国は郡山市及び旧安達田村両郡を領し、大領として位置づけられていた。
比止禰命は、未開の荒野を開かれ、田園を拓き農桑牧畜の業を奨励、善政を敷かれた。
第二十代安康天皇二年、比止禰命は赤木山のお社に合祀され、国造神社と号した。


延暦年中、坂上田村麻呂は東征の砌、国造神社に宇佐八幡大神を合祀し、軍旗と弓矢を奉納した。永承年中、源頼義東征の折、当社に戦勝祈願し「幕内」の地名を付した。
天和三年(1683年)、八幡大神が国造神社から、稲荷大神が中世安積領主伊藤摂津守城内(稲荷館)から現在の清水大の鎮座地に奉遷され、八幡宮、稲荷大明神として崇敬された。

左:信州高遠透かし灯篭  右:境内の御神木
明治五年(1872年)、赤木山に鎮座されていた国造神社は清水台の鎮座地へ奉遷され、三社を総称して安積国造神社と号した。
古来郡山の総鎮守として尊崇され、旧社格は県社に列せられた。
(参拝の栞より)

境内より郡山の中心街を眺める。

次回は、安達太良のお社です。

御朱印

日本のカッパドキア 浄土松公園きのこ岩 (福島県郡山市)

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浄土松公園は郡山市西部の高旗山の麓にある自然公園。
大きな広場を越えて、少し丘を登っていくと風光明媚な景色が広がっています。

そういえば、高旗山といえば宇奈己呂和氣神社の本宮が祀られている山で、かつて中腹は鉱山として賑わっていました。

松林から降りてみると何とも不思議な形をした奇石が数多くある。
まるでトルコのカッパドキアのようです♪

浄土松山は、浄土ヶ浜、浄土ヶ岡ともいわれ、奇岩が突出していることで知られています。
丘陵は、白色の凝灰岩・砂岩・頁岩などからなり、ほとんど水平に近い地層で、丘陵の頂上付近は断層のために地層が部分的に傾斜しており、また断層に沿って著しい浸食がみられます。


浄土松山の祈願の中でも、特に「きのこ岩」と呼ばれる岩は断層によって分断された地層が、それぞれ風化に対する抵抗の差が違うため、風浸の度合が異なり、長い年月を経てきのこ状になったものです。
この地は、古くから知られた名所で、松の緑が点在するありさまはあたかも松島に似ているところから「陸の松島」ともいわれています。
郡山市教育委員会

何かとてもユーモラスで妙に可愛らしい奇石群でした☆

次回は、郡山総鎮守の社についてです。

世界遺産決定! 富士山と三保の松原 写真集

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富士山が世界文化遺産に登録されました。
問題は多々ありますが、やはり日本の象徴が認知されるのは嬉しいものです。

当ブログでも『富士』に纏わる内容のものが多いので、折角だから富士山でまとめてみました♪
(富士山に登ったのはデジカメが登場する前の話ですので、割愛させていただきます)

私的には富士山は登る山というより眺める山だと思います。
色々な角度からの『不二の峯』でもどーぞ☆

富士山と甲斐駒ヶ岳 Link⇒ 槍ヶ岳登山行(大キレットからの御来光とモルゲンロート)
朝霧高原から見た富士山
(朝霧Jamにて)
大瀬崎と富士山 Link⇒ 大瀬神社と富士の絶景
御浜崎から見た富士山 Link⇒ 諸口神社 御浜崎から見た富士


大岳山から見た富士山
Link⇒ 大岳神社と、奥多摩 - 鋸山 - 大岳山ハイキング
 山宮浅間神社 神籬から見た富士山 Link⇒ 富士信仰の聖地 山宮浅間神社(元宮)
富士宮 倭文神社から見た富士山 Link⇒ 駿河の社 倭文神社 星神と常世神の伝説
神奈川伊勢原から見た富士山 Link⇒ 酒匂川と富士山
三保の松原も選ばれておめでとうございます! Link⇒ 駿河の社 三保の松原と御穂神社
次回は再び阿武隈巡礼です♪

阿武隈の社 宇奈己呂和氣神社 安積国の明神大社

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宇奈己呂和氣神社
(福島県郡山市三穂田町八幡上ノ台76鎮座)

郡山市南西部に坐する宇奈己呂和氣神社は、安積郡明神大社に列している古社。
本宮が鎮座する高旗山の登山口にある由緒書きによれば、本神社を「陸奥国二宮」と称している。
(一般的には会津美里町の伊佐須美神社らしい)

鳥居をくぐると神橋が架かっていて、小川が流れている。
きっと本宮が坐す高旗山から流れてきているのであろう。

小ぢんまりとしながらも緑深い参道を進むと社殿が姿を現す。
本宮の坐す高旗山は標高968メートルの山で、山頂からは猪苗代湖、磐梯山飯豊山峰等が展望できる山。

高旗山の中腹にはかつて「高旗鉱山」として蘆名氏により開発された金山があったという。
昭和初期まで金を中心に黄銅鉱・黄鉄鉱・方鉛鉱等が採掘されていたが、やがて閉山。現在は廃墟と化しているらしい。
きっと鎮座地も多くの鉱夫達が居住していて賑わっていたのであろう。

高旗山に本神社の由緒書きがあるのだが、色褪せが激しく読み取ることが極めて困難。
よって間違いが多々あるかと思うが、要約してみようと思う。

奥州陸奥國二之宮
延喜式内明神大社 宇奈己呂和氣神社由緒
祭神:瀬織津比賣命、品陀別之命(応神天皇)

左:神楽殿  右:蠶養國神社
高旗山の山頂に瀬織津比賣命を祭神とする宇奈己呂和氣神社が鎮座していた。
宝亀庚申十一年四月五日(780年)、按察使であった藤原小黒麻呂が伊治呰麻呂の乱(宝亀の乱・・・蝦夷最大級の反乱)平定のため、下向中に本神社にて戦勝祈願したところ、御利益を得ることができた。
その後、御神託により延暦甲子三年(784年)九月十九日山崎(現在の郡山市三穂田町八幡)に社殿を造営するとともに品陀別之命(応神天皇)を合祀した。

ちなみに蝦夷最大級の反乱といわれる宝亀の乱の首謀者である伊治呰麻呂は元々蝦夷族長で、ヤマト王権に協力して上治郡大領に任ぜられた奈良時代末期の人物。
しかし同僚が呰麻呂を蝦夷出身者と侮蔑するのを恨んで反乱を起こしたのだという。

とてもこじんまりとした明神大社で、地元民に愛されているお社に感じました。
次回は安積國造のお社です♪

阿武隈の巨石 鹿島大神宮と桜 白い岩塊を祀る社 

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鹿島大神宮
(福島県郡山市西田町丹伊田宮作鎮座)

今回の参拝時期は丁度ゴールデンウィークの頃。
道中、多くの桜を車越しに眺めることができました。

『三春の滝桜』も見物しようと思いましたが、多くの観光客が訪れていて見物することは叶いませんでしたが、『雪村庵のしだれ桜』は見物することができました♪

さて、白河・棚倉から始まった「阿武隈の旅」
特徴として多くの巨石や奇岩が存在しているのだが、それは阿武隈高地形成の歴史から考察できると思う。

阿武隈高地は海底で堆積した地層が隆起して陸地となり、アルプスのような大山脈だったが、その後の長年の浸食でなだらかな地形となり、さらに隆起が進み平原となったと考えられるらしい。そして、侵食の際に硬い地質の独立峰が各所に残り、それが『磐座』として崇められてきたのであろう。

郡山市西田町に鎮座する鹿島大神宮もまた、『磐座』と呼ぶにふさわしい巨大な岩塊を社域に坐している。
社務所を過ぎて、石段を登ると震災による影響なのだろうか、周囲にはブルーシートが覆いかぶさっていた。

石段を登ると簡素ながらも威厳に溢れた社殿が据えている。
当神社は、天応元年(781年)に茨城県鹿島神宮より勧請した社で、武甕槌神が祭神。

東北の鹿島社については、後程タップリ記しますので、乞うご期待(?)

社殿裏の神域に向かうと長さ40メートルにも及ぶ白い岩塊が太陽に照らされて眩く輝いていた。
今まで見たことのない白亜の磐座。
写真では伝わらないと思うが、とにかく存在感に圧倒されてしまった。

国天然記念物
ペグマタイト岩脈
ペグマタイトとは「巨晶花崗岩」ともよばれているように、花崗岩質で、石英、長石を主成分とした非常に大きな結晶の集合した岩石のことです。

かつて、西田町から隣の白沢村にかけての阿武隈山地は、ペグマタイトの大産出地でしたが、今では工業用原料として採掘されつくしてしまい、約14000トンと推定される領のペグマタイトが、現在でも保存されていることは大変めずらしいことです。
露出している岩の延長は約40メートル、幅14メートルに及び、地下10メートルまではこの岩石があると推定されます。
(以上、社頭掲示板より)

本殿裏手に登ってみると、露出した白い岩塊は鬱蒼とした森の中に積もった雪のように輝いている。
そして、天津神である鹿島神が蝦夷の神を白亜の磐座に封印したかのよう…