Posts

Showing posts from November, 2013

平将門所縁の社 國王神社 (下総國)

Image
國王神社
(茨城県坂東市岩井951鎮座)

茨城県坂東市は鉄道が市内に通っておらず、乗用車なしでは巡るのがとても難しい町。
諸般の事情で、車でこの方面に向かうことができたので、近隣のお社巡りをしてみました。

旧岩井市街から結城街道に向かうと、深い社叢に包まれた國王神社が鎮座しています。
國王神社の御祭神は平将門で、崇徳院、菅原道真と並び日本三大怨霊の一人と畏れられ、平将門の終焉の地に建立された社として有名です。

鳥居をくぐると、長い一本の参道が続き、その先に茅葺屋根の小ぢんまりとした社殿がひっそりと佇んでいる。
参道周囲は深い木々のせいか、昼間にもかかわらずとても薄暗く、まるで将門の神霊が浮遊しているかのような雰囲気がムンムン・・・。

下総国の武将であった平将門は、女性問題や遺領の配分等巡って一族と争い、その後、常陸国の国府襲撃にはじまり、下野(栃木県),上野(群馬県),武蔵,相模(神奈川県)の諸国を配下におき、八幡大菩薩の神託を得たとして新皇と称して『坂東八カ国の独立』を宣言し、下総国猿島郡石井(鎮座地)に王城の建設を始めた。しかし、結局平貞盛や下野国の藤原秀郷らによって滅ぼされた。

平将門公の三女・如蔵尼は平将門の戦死の際、難を逃れ奥州の恵日寺付近に庵を結び出家し隠棲していたが、父の33回忌だった天禄3年(972年)に霊夢を得て、奥州から下総の地に帰郷し、父・将門の最後の地に戻り、傍の林の中より怪木を見つけて、父の霊像を刻み、翌春2月14日に祠を建て「国王大明神」の神号を奉ったのが創始とされ、「寄木造 平将門木像」(茨城県指定文化財)を御神体としている。

国王神社
祭神は平将門である。
将門は平安時代の中期、この地方を本拠として関東一円を平定し、剛勇の武将として知られた平家の一族である。
天慶三年(940)二月、平貞盛・藤原秀郷の連合軍の連合軍と北山で激戦中、流れ矢にあたり、三十八歳の若さで戦死したと伝えられる。

その後長い間叛臣の汚名をきせられたが、民衆の心に残る英雄として、地方民の崇敬の気持は変わらなかった。本社が長く地方民に信仰されてきたのも、その現われの一つであろう。

本社に秘蔵される将門の木像は将門の三女如蔵尼が刻んだという伝説があるが、神像として珍しく、本殿とともに茨城県文化財に指定されている。
坂東市
(境内案内板より)

尚、鎮座地周辺は近年発掘さ…

関東の古社 一言主神社 (下総國)

Image
一言主神社
(茨城県常総市大塚戸町875鎮座)

一言主神社は大同四年(809年)、大和国葛城の一言主神社を勧請し祀ったのが創建と言われているお社で、菅生沼の東にある「三竹山」と呼ばれる小高い丘に鎮座している。

鎮座地周辺を流れる鬼怒川流域は古来から居住地で、縄文遺跡や古墳が点在しており、江戸時代は舟運として栄えていたという。

本神社の祭神は一言主神で別名事代主神。
出雲の国大国主神(出雲大社)の長子であるといわれている。

金剛山頂葛木神社、高知市土佐神社縁起によると、第二十一代雄略天皇が葛城山に猟された時、面貌容姿が天皇に似た人が現れ、吾は一言主神なりと名乗られ、天皇と共に猟されたが、一頭の鹿を逐うて矢を射るに、互いに譲り合われ、その言葉は逢仙にようであったと載せてある。
その他、国譲り神話などでも登場する神さまですね。

一言主神社
 一言主神社の社伝によると、大同四年(八〇九)現在の社殿の西方に雷光を放つ筍(たけのこ)が生え、数夜にして三岐(みつまた)の竹に成長した。不思議さに村人が行者に祈祷させたところ、一言主神の託宣があり、この地に社殿を造営し、大和国(奈良県)葛城の一言主神を迎え鎮斎したのが創祀と伝えられている。一言主神社が「三竹山」と称される所以である。
 一言主神は、出雲の大国主神の長子で別名事代主神とされ、言行一致の神、一言の願い事でもおろそかにせず願いをかなえる神として篤い信仰を受け、県外からも多くの崇敬者が参拝に訪れる。

本殿は、社殿によると、長禄三年(一四五九)に下総国守谷城主相馬弾正胤広侯(平将門の後裔)の寄進によって再建されたとされている。現存する社殿は、元禄一三年(一七〇〇)正月遷営のときに大修理が行われた。一見社流造(いっけんしゃながれづくり)で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)風の銅板葺。身舎(もや)外壁の左右に「鳳凰と牡丹」、後側に「鶴と牡丹」の彫物が釘止めされ、脇障子には「三岐の竹」の彫物がはめられている。本殿は、昭和五九年(一九八四)市指定文化財に指定された。

九月一三日の一言主神社秋季例大祭の奉納行事である「葛城流からくり綱火」(指定名「大塚戸の綱火」)は、あやつり人形と仕掛花火とを結合させたもので、空中に張り巡らした綱により花火のついた人形(木偶/でく)を操作し、芝居を演じる民俗芸能である。万治二年(一六五九)大塚戸村向山に三峰神…

関東の古社 茂侶神社 (下総国)

Image
茂侶神社
(千葉県流山市三輪野山619鎮座)

再び神社参拝記です。

茂侶神社(もろじんじゃ)は千葉県流山市に鎮座している古社で、延喜式神名帳にて『下総国葛飾郡茂呂神社』と比定されている。
石鳥居をくぐると一本の長い参道があり、さらに進むと朱色の両部鳥居がある。

両部鳥居をくぐってさらに神域へ。
緑深き境内が実に心地良く、幹線道路が隣接しているにもかかわらず、とても静か。

地名や社名の通り、茂侶神社は大和国一宮である三輪神社の御祭神である大物主命の分霊を祀る社。御神体である三輪山は三諸山などとも称されており、ミモロ⇒モロと転じたのであろう。
西国から東国へ移住してきた開拓民が現鎮座地の丘を見て、『三輪野山』と名付け、その頂に三輪の神を勧請したのであろう。

古記録による幾度の神階昇叙や、境内に接した神宮寺跡地、鰭ヶ崎塚之腰祭祀跡等の水路上陸地、或いは神奈備北浦の巨杉八本より八木郷の地名由因などから考察するに、広大な神域を有し、又江戸幕府は毎年二十五石の祭祀料を捧げ或いは今に伝わる神賀良餅の神祭りその他によって盛大な祭典が偲ばれる。

創立年代は式内社であり、又奈良時代・平安初期に大和地方から当地に部族の移動記録等によりその時代と推測される。
御祭神は大物主命(大国主命・大巳貴命)
往古、三輪山の台地の麓は河川が洗い水田も拓けて稲作が盛んであったことは万葉集の葛飾郡早稲の歌でも知られる。陸地には畑作物が豊かに稔った。

祭典、トウ渡し(年番の引き継ぎ)、直会の後若衆が大きな供持ちを引きちぎりあい、奪い合う「餅取り」を行う。
行事はかつては近郷から若衆が集まり裸で餅を奪い合うもので、奇祭とよばれていた。
餅の割れ方でその年の作柄を占ったと言われる。
(以上、境内案内板より内容抜粋)

この地に住んでいた無名の娘による切ない和歌が万葉集に掲載されている。

鳰鳥の 葛飾早稲を 饗すとも
その愛しきを 外に立てめやも

鳰鳥(におどり)の葛飾早稲を神に捧げ祀まつる日であろうとも、
愛いとしい人を外に立たせておくことなどできましょうか。

社前にある石像が安置された一角にわらじが奉納されていた。
鎮座地周辺は現在再開発が盛んに行われているが、このような伝統は失わないでもらいたいな、と思いました。

次回は、下総~常総に鎮座するお社です。

秋の八ヶ岳縦走‐2 赤岳~中岳~阿弥陀岳 と、富士の絶景

Image
前回リンク ⇒八ヶ岳縦走 硫黄岳~横岳~赤岳天望荘 http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/11/1.html

硫黄岳~横岳を縦走して赤岳天望荘でのんびり一泊。
翌朝は雲ひとつない快晴!
とても美しい夜明けです。

モルゲンロートで紅く染まった横岳。

阿弥陀岳と中岳、その先には諏訪湖がくっきりと見えます。
(風は相変わらずめちゃめちゃ強かったでした・・・)

そして、赤みがかった雲海に浮かぶ富士山の絶景!
この雄姿を拝むために、今回登山したといっても過言ではありません。

富士山と八ヶ岳は表裏一体の山で対照的。
生命誕生の地である富士山に対して、八ヶ岳は「黄泉がえり」の地と言われているらしいです。
また、背比べ伝説等もあります。

八ヶ岳の周囲には尖石遺跡に代表される縄文時代の遺跡が多くあり、後の諏訪信仰に影響を与えた山峰だと小生は考えております。

7:00 赤岳展望荘 2735メートル

さてさて、ゆっくり朝食を摂った後、朝日で赤く染まった名峰~赤岳登山開始。
登山路は激混みで、鎖場のあるルートから外れて、岩場をよじ登らなければならない程でした。

7:30 赤岳山頂 2899.2メートル

・・・ということで、ようやく八ヶ岳最高峰~赤岳へ登頂!
山頂は写真の通り多くの登山客で賑わっておりました(汗)

天に突き刺すように伸びる山標。
鮮やかな青空がとてもよく映えています。

山頂からは360度の大パノラマが堪能できます。
富士山も日の出の頃より幽玄な雰囲気に包まれて、正に霊峰の佇まいを醸し出しています。

まるで、ジオラマを見ているかのような絶景です。
時間を忘れてしまう程、この絶景を眺めていました。

8:20出発

後ろ髪を引かれる思いで、赤岳から下山。
「このまま下山して帰るのも寂しいな」と思い、中岳~阿弥陀岳を登ってみることにしました。

9:10 中岳山頂 2716メートル

文三郎尾根の岩場を慎重に降りて、分岐点からちょいと登ると中岳山頂です。
背後には権現岳の山容がよく見えます。

昨日登った横岳~硫黄岳の山容もくっきりと見ることができます。

そして、阿弥陀岳へ。
行者小屋への登山道がある中岳のコルでゆっくり休憩し、荷物をデポして登山開始。

ハシゴや鎖場があり、ザレている箇所が多く、落石注意!な箇所があったり、結構しんどい。
おまけに、アホみ…